占星学と心の探求

占星学の心理的・エネルギー的・構造的視点

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「救い」と「癒し」 -海王星の表と裏-

「救い」と「癒し」はイコールではありません。
救いは、癒しの中に含まれているとは限らないのです。
救いを伴わない癒しもあるからです。

救われた人が、すべて癒されるというわけではありません。
逆に、癒しを経験した人が、すべて救われているというのでもないのです。
癒しは、救いの証明ではないのです。

http://www.geocities.jp/barunaba/mat01

この牧師様の言葉がドスンと落ちてきて心から離れなかった。と同時にこれが海王星(魚座)の真の姿なのかなぁとも思った。

私たちはこの世に生きる存在だ。だからこの世でできる限り幸福でありたいと願う。いい仕事について好きな人と結婚し、お金や物に溢れ、何不自由なく好きなことを楽しめる。それこそ幸せなのだと。

だが海王星や魚座のある場所はそんな希望を悲しみに変える。どんなに一生懸命頑張っても、どんなに真面目に努力しても、報われないような状況。なぜ自分だけこんな目にあうのか、なぜ自分ばかりこんな辛いことを味わうのか。

幸福なんて言葉が嘘っぱちだと思えるような状況ばかり与えられる。



世の中には自己実現系などと言われる「なんでも自分の思い通りになることが幸せだ」という価値観にあふれている。スピリチュアルでさえ(バシャールのような)俗世的幸福を伝える。だが、彼らのいうことが実際に現実になっただろうか?

「ワクワクして誰もがハッピーに生きられる!」

そんな風に生きられるならこんなに不満ばかり世間に溢れているわけがない。誰もがそう生きられない、思い通りにならないと嘆き、その不満を訴えている。

その現実を前にして牧師様の説教が心に響いてくる。宗教家なので信仰という形で表現しているが、占星学的にいえば「海王星の公転周期」の秘密を語っているのではないだろうか。

海王星の公転周期は約164年。それは人間の一生を84年とすれば84年x2=約164年。

・生の時間=84年
・死の時間=84年

その合計を表す数字だと考えられる。つまり人間とは生の時間(意識)と死の時間(意識)の両方が合わさって、魂としての存在になっているのだと。



そういう観点からキリスト教的な説教を読むと、牧師様の言われている「癒し」と「救い」の違いは

・この世的な幸福と
・あの世的な幸福の

違いではないかと思われる。スピ系情報が教えてくれる内容は「あの世では想念がそのまま現実になる」というもの。つまり自分の思ったことがそのまま現実になる世界(想像的世界)。この世的な縛りがなくなり想像性=現実性という世界。

それが本当かどうかはあの世にいったことがないので分からないが、もしそうだとするとあの世というのは「想像できる」ことが重要なポイントになると思われる。

なぜなら自分が想像できないことは現実にならない。金を1億円持つことは想像できるだろうが、

・生きていることの有り難み
・自然や動物の素晴らしさ
・すべての人に感謝を
・すべての存在に愛を

といった崇高な気持ちはその人が様々な苦難を通して精神的成長を遂げなければ、想像することすらできない。



簡単なところではあなたが身体障害者だったとしよう。下半身麻痺で歩くことができない。常に車椅子に乗ってハンデを背負いながら生活している。その不自由さの中であなたは周りの健常者を見る。

・あんなに自由に歩いて
・あんなに好きに走って
・転んだり立ち上がったり運動したり
・何でも思い通りに動けている
・なんて素晴らしいんだろう
・なんて羨ましんだろう
・私もああなりたい
・でもなれない

そういう苦難を何十年と味わいながら「自由に動けることの素晴らしさ」を想像する。おそらくこの世ではその夢は実現しないだろう。でもあの世にいって想像が現実になるような世界になったら…

その時あなたが味わう幸せはどれほどのものだろう。それは健常者が当たり前のように動ける喜びとはまったく次元が違うはずだ。何十年も苦しみ、憧れ、様々な想いが詰まっている人にして初めて到達できる喜び。それは健常者では絶対に想像できないレベル。



この想像力を養うためにこの世の苦難というものがあるのではないだろうか。スピ系・宗教系の人がよくいう「魂的成長」というもの。

・人を思いやる
・人の悲しみ苦しみを理解する
・自分だけでなくみんなの幸せも願う気持ち
・毎日当たり前に生きられる喜び
・当たり前に食べられる、当たり前に歩ける、当たり前に愛し合える
・その1つ1つのありがたさ

どん底まで苦しんだ人だからこそ到達できる次元。意識がそれを想像できるということが、あの世での実現を約束してくれる。

それをキリスト教的に「救い」と呼んでいるのではないだろうか。「癒し」というのはあくまで俗世的幸福でしかない。それはあるに越したことはないが、あったところで魂の深い成長につながるとは限らない。

宗教が教える大切なものとは「あの世においての価値観」であり、もっと言えば「この世の価値観とあの世の価値観をあわせ含んだもの」と言えるのかもしれない。この世で味わう幸せは大切だが、この世では到達できない幸せもあるのだと。

すべては海王星(魚座)における、

・生の時間=84年
・死の時間=84年

の合計的視点につながっていると。



私たちはあまりに「死」を忌み嫌ったせいで、死後世界のことを無視しようとしている。この世こそすべてだと。そのために資本主義・科学主義を作り出し、その圧倒的機械力に飲み込まれて、それに苦しんでいる。

外から見ればどれだけ滑稽だろう。宗教が力を失ったせいでこれほどまでに「生の時間」が極端になりすぎた。

本当は「死」なんてすぐそばに転がっている。私たちが目を逸しているだけなのだ。あまりに行き過ぎた俗世的価値観。生と死は対等であるべきところを、そのバランスを失ったせいで私たちの魂まで歪ませられている。

宗教もスピリチュアルも今では俗世的価値観ばかり。資本主義機械に取り込まれ、そこからどれだけ金を取るかばかり考えている。だがそんなものはあの世にいったらそれほどの価値はない。想像すればすぐに現実化できるのだから。

私たちの成長にとって必要なのは

・想像できないものをどれくらい想像できるようになれるか?

であって、そこに他人への憐れみ・同情・思いやり・理解・慈愛・感謝といった真に価値あるものの存在意義がある。

この世とあの世を対等の価値観で見ること。もちろんこの世でできる限り幸せに生きられるに越したことはないが、往々にして苦難や試練こそ私たちの魂を(その想像力を)磨いてくれる。

ホロスコープにある海王星(魚座)はあえてそういう試練を与えてくる場所だとも言える。






正しき者の唇は、叡智を陳べ
其の舌は 正義を物語る
幸いなるかな 試練に耐え得る者よ
之を善しとせらるる時は 命の冠を受くべければなり
主よ 聖なる炎よ、憐れみ給え
おお、何と聖なる哉 何と静かなる哉
何と慈悲深き哉 何と情愛厚き哉
おお、清廉なる白百合よ


医療占星学 -泌尿器系-(3)

【腎臓のろ過機能について】

腎臓は不要物(老廃物)をろ過する臓器だが、そのろ過の仕組みが興味深い。まず一旦「原尿」という形で栄養分も一緒に捨ててしまい、その中から不要な老廃物はそのまま流して必要な栄養素だけを再吸収する。その量99%と言われるから捨てた分のほとんどをもう1度吸収し直していると言える。

泌尿器系2b 泌尿器系2d
泌尿器系2e 泌尿器系2c


なぜわざわざこんな面倒臭いことをするのか?については

・その方が恒常性を保ちやすいからだ
・未知なる毒素に対処しやすいからだ

などいくつか理由があげられている。これを占星学的に「意識の流れ」として解釈したらどういう風になるだろう。

前回の記事で書いたように、もし排出というものが「他者側への意識の流れ」を表すものだったとしたら、この腎臓のろ過機能は

・自分が受容・理解・吸収した出来事に対する意識を一旦他者側へ送る
・他者視点から見た時はどうだろう?
・他者の価値観を通したらどういう風に見えるだろう?
・そういう他者世界を一旦通した後に、再び自己側の世界へ戻す(99%)
・自己に必要のないもの(老廃物)は他者側へ流し切ってしまう(尿として排出=1%)

という方向性として例えられはしないだろうか。この7(天秤座)の意識を通した後ようやく経験を自己に血肉化(8=蠍座)できると。



それは他者側の世界(見方・価値観)を通すことが客観化という社会性(一般性・普遍性)を持つように仕向けているからなのではないだろうか。自己が自己のまま自分の内部の価値観だけで物事を見ていたら、その人はどんどん一般性(社会性)を失う。自閉症の人を想像してもらえば分かりやすい。他者との共通理解・共通価値を通すから「私の価値観」が他者にも伝えられるようになる。7・8が表す(初期の)社会性はこういった形で人体にも内包されているのかもしれない。

その時、原尿として捨てられ、そこから再吸収された栄養素は物質的には同じものだが、意識的には何か違うものになっているのかもしれない。

ただここで大切なのは、腎臓に流れる血液がすべてろ過されるわけではないということ。腎臓には心臓から送り出される血液量(心拍出量)の約20%が流れ込んでいる。1日あたりおよそ1500L~2000L。そのうちの約150Lが原尿としてろ過の対象になり、そのうちの99%は再吸収され、最終的な尿となる量は約1.5Lと言われている。

※人間の血液量は5Lくらいしかないわけで、それが1日1500L~2000Lも腎臓を通り、150Lが原尿になっているということはその循環回数がものすごいということ。これで老廃物(不要物)はほとんど取り除かれる。

つまり腎臓に流れる血液量の約10%がろ過の対象になっている。自分が吸収した栄養分+自分が生み出した老廃物の約10%。他者側へ意識を通すといっても自己対他者の比率で言えば圧倒的に自己側の方が多い。

この比率にも意味があるのかもしれない。



【腎臓の恒常性維持機能について】

人体には生体の恒常性を維持する仕組みがある。ホメオスタシスと呼ばれるもの。

・体温の恒常性
・血糖の恒常性
・血圧の恒常性
・浸透圧の恒常性
・pHの恒常性

多すぎても少なすぎても人体には害であって、ちょうどバランスの良いところを維持しようとする機能。腎臓にもそういう恒常性維持機能があり、そこから「腎臓=天秤座=バランス」を解釈しようとするのだが、どちらかと言えば恒常性は腎臓特有の機能というより身体全体に備わった機能と言える。

それは「神経系」と「内分泌系」の相互作用によって統括されている。腎臓の恒常性維持機能についてはそういう視点から見たほうが良いと思われる。

ホメオスタシスb ホメオスタシスa





(資料)泌尿器系と疾患表
泌尿器系_疾患


医療占星学 -泌尿器系-(2)

それは意識の発展段階において、8で一旦「外=他者」に向かって排出するモノ(あるいは意識)があることを示唆しているのかもしれない。排泄物が「汚い」というイメージなのは、それが自己存在にとって不必要だからであって、それを必要とする他者存在からすれば汚いものではないのかもしれない。

尿や糞便においては微生物。人間同士なら「精液・愛液」などであろうか。精液も8(蠍座=性器)から排出される。精液を汚い臭いと思う人もいるかもしれないが、慣れればあの匂いには独特の魅力がある。ついでに言えば排泄物にフェチが多いのも興味深い。女性の汗だったり体臭だったり。AVでもオシッコ系やスカトロ系には一定のファンがいる。彼らは異性(=他者)の排泄物に何を感じているのだろうか。

・尿・糞便などは他生物の食物へ
・精液などは他生命の創造へ

8においての「不必要物=排出物」というものが、実は(他生命・外環境という大きな意味での)他者にとって「必要物=供給物」につながっている。自己から何かを捨て去るエネルギー(切り離すエネルギー)は他者へつながる重要な意味があるのでは。


自然な流れにおいて「私たちが何かを捨てる」という行為は、自己を新しい段階へ進める(9=射手座)と同時に、他者に何かを与えている(7・8=天秤座・蠍座)のかもしれない。

心の意識作用としては、私たちが何か出来事を体験し(1・2)、それを味わい受けとめ(3・4)、貴重な経験として学びを得(5・6)、自らの血肉にする(7・8)。その際にそれを終えていらなくなったものを不必要物として心から消去する。

その時に見ていた細かな景色、人の顔、沢山の物、匂いや手触り。「印象が残ったもは自らの記憶として残される」が、そうでないものは捨て去られる。例えば1ヶ月前の晩御飯を覚えているだろうか。その色や味や皿の形など細かく覚えているだろうか。街を歩いていて見たビルの形、すれ違った人の顔、着ていた服装。その瞬間にはしっかり見えていたものが「必要のないもの=印象に残らなかったもの」は記憶から消去される。

私たちの記憶に残っているものは「日々の出来事から何かを得たもの」のことであり、味わい→消化・吸収→血肉化されたものと言える。そうでなかったものはすべて不必要物として捨て去られる。

だがその際に「捨て去られたもの」は、なんらかの形で(それが環境なのか社会なのか時間の連続性なのか分からないが)大きな意味での他者へ受け渡されている=与えられているのかもしれない。



そう考えると「排泄(排出)」という行為には「代謝によって生み出されたもの」という意味において、

・自己から他者へ渡されるモノ=お金・気持ち・思い出の品
・自己から社会(大きな意味での他者)へ渡されるもの=創造物・遺産
・自己から次世代(大きな意味での他者)へ渡されるモノ=遺伝子・新しい命

までをも含んだ「自己の成果物を他者へ受け渡そう」という譲渡的意味が含まれているのかもしれない。代謝とは自己活動のことであり、その結果生み出される老廃物とは不必要物であると同時に、逆の意味で言えば自己活動によって産み出された「生産物」と言えなくもない。それを必要とする存在からすれば「汚いもの」でも「いらないもの」でもなく水や空気と同じくらい必要なものだと。


私たちはこの自己から他者への流れを、老廃物(尿・糞便・汗・鼻水・フケ・おなら・目くそ鼻くそなど)という形での「排出系」、精液という形での「生殖系」として身体構造の中に包み込んでいるのかもしれない。

ついでに言えば、もしそういう風に考えたとしたら、意識成長における自己完結を目指した後、人は「他者に向かって己の生産物を与える=排出する」ことが必要になるのではないだろうか。

それが自分の才能の結果生み出される成果物(お金・モノ・知識)であってもいいし、人間性としての愛情であってもいい。自己が自己としてある一定の成長(1~6)を見た時、そこから生み出される成果物を他者へ与える。

もしそれができず

・自分だけで独占しよう
・自分の内だけで終わらせよう
・気持ちはあるけど苦手だからやめとこう

と自己内だけでストップしようとすると、7・8における排泄機能・生殖機能に何らかの障害が現れてくるのではないだろうか。泌尿器系・生殖器系周りのトラブル。



※より正確に言えば、自他間の相互作用である以上これは「与え合うこと」といった方が正しい。自己(わたし)から他者(あなた)へ向かう方向性は、他者側(あなた)から見れば「他者(わたし)から自己(あなた)へ向かってくる方向性」にあたる。

天秤座・蠍座が「与えるエネルギー」であると同時に「受け取るエネルギー」である理由がここにある。排泄機能・生殖機能周りのトラブルが「自己→他者への流れのつまり(or流れすぎ)」にあるとしたら、それは同時に「他者→自己への流れのつまり(or流れすぎ)」にあるとも言えるかもしれない。

おそらく女性に多いと想像できるが、

・自分ばかり相手に合わせる
・自分ばかり相手に与える
・相手から優しさや愛情をもらえない
・相手からもらうことに躊躇する

などの心理的問題があると、それが排泄機能・生殖機能に影響を及ぼすのではないだろうか。


医療占星学 -泌尿器系-(1)

何か作ればゴミが出るように、私たちの身体も様々な活動(代謝)をするとそこから老廃物が生まれる。この老廃物の処理を行うのが腎臓を始めとする泌尿器系だ。「ゴミ(老廃物)の処理」は栄養物の摂取と同じくらい重要で、もしこの機能が損なわれると最悪の場合死に至る。腎臓に深刻な病気を発症した人が大変な苦労(人工透析など)をしていることからもよく分かる。それほど「後始末」というのは大切だということ。

医療占星学の本を見ると泌尿器系の担当星座はかなりシンプルだ。

・老廃物のろ過=天秤座系エネルギー
・老廃物の排出=蠍座系エネルギー

が主に担当している。

泌尿器系1a 泌尿器系1b


泌尿器系疾患の表を見ても、

・腎機能の疾患は天秤座系周り(金星)のトラブル
・排尿、膀胱の疾患は蠍座系周り(火星)のトラブル

を見て取れる。

泌尿器系_疾患


問題は自他関係のエネルギーである天秤座系・蠍座系がなぜ「不要物のろ過+排出」を担当しているのか?ということ。そこにどんな心理的つながりがあるのだろうか。

天秤座系・蠍座系が「生殖器」を現しているのをご存知の方は多いと思う。生殖器系なら自他関係の意味は理解できる。人間が人間とつながり愛が生まれる。愛はお互いを結ぶ強い絆となり、喜びを与えるエネルギーになる。そして新たな可能性(=命)を生み出す場所となる。それは天秤座系・蠍座系にピッタリの意味合いだ。

その愛の源泉である場所が同時に「老廃物の処理」も担当しているということ。泌尿器系ではないが消化器系でも蠍座は大腸・肛門を担当している(便の排出)。

この生殖(愛)と排出(分離)の関係性は人体構造にもはっきり現れている。生殖器と排出器がすぐ近くに配置されているか、同じ器官を共有している(男性の尿道)。

性器と排出



ここで少し視点を大きくして生態系における物質循環を考えてみよう。生物がその代謝の結果、外に排出した老廃物(尿・糞便・※死体も含めて)は他の生物にとっての栄養物(食物)になっている。

「分解者」と呼ばれる微生物の世界

・ミミズなどの小動物
・菌類
・細菌類

この分解者の世界では「ある生物が排泄したものが次の生物の栄養物になっている」という面白い循環がある。コウジカビが排出した糖類を次の酵母がアルコールに変えて排出し、さらに次の酢酸菌が酢酸に変えて排出する。そこには食物(必要物)と排泄物(不必要物)の連鎖的つながりがある。

エントロピー連鎖c
エントロピー連鎖a エントロピー連鎖b


人間や動物、あるいは植物が排出する不必要物(老廃物)が分解者の世界においては必要物(栄養物)になっている。そういう視点にたてば私たちが「いらないもの・役に立たないもの」として捨て去るものが実は他の存在にとって「いるもの・役に立つもの」になっていると言える。

ここに自他間の関係性を見ることはできないだろうか?自己にとって捨て去られる不必要物が、実は他者にとって必要とされるものにつながっていると。もちろん生理的な尿・糞便の排出が人間の自己他者関係に直接関わるわけではない。だが身体の仕組みとして「生物と生物をつなげている事実」は、自己と他者(他生物・外環境をいう大きな意味で)をその入口&出口をつなげるという意味において何か深いことを示唆しているのではないだろうか。

不思議なことに人は「牡羊座・1ハウス=口・鼻」を通して必要物(食物)を摂取し、「蠍座・8ハウス=肛門」を通して不必要物(糞便)を排出する。

さらに身体での代謝で生まれる不必要物(尿素・老廃物)を、「天秤座・7ハウス=腎臓」で濾過して「蠍座・8ハウス=尿道」を通して排出する(※1)

1から始まる流れが8で一旦区切られている。





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※1)入口出口論という意味では二酸化炭素の排出はまた別の解釈が必要になるかもしれない。二酸化炭素の排出口は8でないからだ。この場合は必要物(酸素)&不必要物(二酸化炭素)とも1を通して取り込み・排出が行われ、3を通してろ過が行われる。


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